2008年5月のGWの新作展の際に生田宏司先生のインタビューを収録させて頂きました。

 

一部を音声データで公開しておりますので、是非お聞き下さい。

(下記の矢印もしくはリンクをクリックして下さい。)

 

ふくろうとは

 

 

絵の道に進もうとしたきっかけ、少年時代の思い出などありますか?

 

中学校の時に横尾忠則がブームで、憧れていたイラストレーターでした。彼はたぶん20代で華々しく活躍していて、テレビにも出ていた。僕は絵が得意だったので、こういう風になりたいと思ってました。高校に入ったら、すぐ美術部に入ったんですよ。その辺からなんですけど、今度はイラストレーターだけではなくて、身近な高校の美術部の先生を見ていて、格好良いところだけでは無くて、芸術を求める真摯な態度の生き方をしている芸術家が身近にいるっていうので、凄く影響を受けました。幸い、多摩美に受かり、進みまして、そこから、本格的に絵描きを意識しました。

 

まずは日本画でしたね?

 

それは高校の時に美術をやる上で日本画の基礎をやっておきたいというと意識がありまして。それをやった上で、例えばイラストレーターなど色々な道があると思いました。多摩美に入ったら、ちゃんと日本画の基礎をやれると思ったんですが、多少の基礎はやりましたが、わりと創作をやるというのが多摩美のカラーで、3年生くらいから創作活動をむしろ奨励されたりするようなところがありました。そうなるとちょっと僕の方向性と違ったりするわけですね。日本画というのは扱いにくい材料なので、思うように自分が表現出来なかったりということもありますし。もう少し基礎をしっかり、やりたかったんですが、そういう環境があまり整っていなかった。それで、一番、自分の気質にあった銅版画に出会ったわけです。

 

生田先生と言えばメゾチント技法による銅版画ですが、メゾチント技法との出会いを教えて下さい。

 

これは、色々な形でメゾチントがほとんど同時に入ってきたと言っていいんですけど、まずは、池田満寿夫というスター的な存在の版画家が、当時、ドライポイントとか色々やっていたんですけど、特に目に入ったのがメゾチントでした。それと、浜口陽三と加山又造。加山先生は(多摩美で)日本画の先生だったので、例えば、講評会で日本画出さなくても、版画でも見てくれました。その辺が出会いですね。それが、ほとんど、同時に来ましたし、その三人の作品は好きでした。

 

メゾチントは一般の方には馴染みが無いと思いますが、どのような技法ですか?

 

ヨーロッパ17世紀に生まれた印刷技術で、18、19世紀にイギリス、フランスで広まったんですけど、当時は写真が無い時代だったので、写真の役割をしていた、と言っていいと思うんですね。例えば、ポートレイトだとか、博物画に利用されていたと。ところが、非常に手間のかかる技術で、それが、やがて廃れて、新しい印刷技術に入れ替わってしまったんです。やっと20世紀になって見直されて、版画として芸術作品で残ったに過ぎないんです。

 

この技法を説明するのは難しいんですが、普通、エッチングでも他のものでも、大体絵を作るのに書き込んでいって、黒くしていって絵にしていくわけですけど、この作品はあらかじめ銅に真っ黒になるような傷をつけてから、白く抜いていくという仕事なんですね。ですから、鉛筆で黒く塗ってから、消しゴムで白く抜いていくような作業を銅版でやっていると思ってもらえればいいと思います。

 

細かい作業とのことですが、1作品の制作にどのくらいお時間がかかりますか?

 

1年に20作を目標にしているんですけど、実は作業に入ると意外と早いんですよ。ところが、その手前の下地つくりだとか、銅を黒くするのに相当な傷をつけなければいけない。機械の力を借りても、手を入れないと味わい深い黒にならないので、どちらにしても、黒くする為に時間がかかる。それから、生みの苦しみを味わうのはどちらかといえばアイデアなんですね。それをしてはじめて、下絵が出来て、というか、大雑把な下絵が出来て作ってわけです。

 

下絵はスケッチされて?

 

ラフスケッチをしておいて、大体形が決まったら、輪郭だけを銅版に写し取って、どちらかといえば、銅版の中で細密な仕事をすることになります。だから、原画があって版画をつくるのではなくて、大まかなイメージがあって、版画で原画を作る形になります。

 

先程、インスピレーションの話が出ましたが、その辺りの話をお願いします。

 

そうですね、鎌倉のギャラリー伸で毎年新作展をやるんですけど、その会場を意識して作ります。ですから、アウトライン、というかデザインをまず考えるわけです。展示の時の作品の大きさ、モノクロとカラーの割合、種類。主にふくろうが多いんですが、花とか小動物も好きで、出来るだけ見た人がバラエティーに富んで、楽しいように構成するわけです。花でも色々な色があるけども、赤だけじゃなくて黄色い花だとか、そういうのを並べた時に、会場全体が見て楽しくなるように。そこがインスピレーションの始まりです。一つ一つの作品なんですけど、並べた時の全体が、1年間の僕の全体像みたいな、そういうものを感じ取ってもらいたいというのがあります。

 

ふくろうに対する思いというのは?

 

ふくろうをやって14年ぐらいになるんですけども、最初に作った作品はミミズクだったんですが、これはたまたま作っただけなんです。ところが、やっていて面白いのは鶯とか目白とかと違って、顔の正面に目がある唯一の鳥ですよね。ですから、非常に人間の表情に近い、っていうことがあって、鶯や目白では出せない、この人間の精神性みたいなものがふくろうを通して表現出来るんですね。ですから、花が美しい、きれいというのとは違って、人間の内面表現が出来るというところが魅力だなと思って、いつの間にか続いて、100何十点も作ってます。まあ、僕の化身ですね。自分の内側の表現といいますか、優しさを表現したりとか、恐れを表現したりとか、まあ、ふくろうを通してやった方が、人間で描くよりは人に伝わりやすいかなと、逆にね、そういう思いでやっています。